私は乳がんの専門医として30年間「早期発見・早期治療が大切」と訴えてきました。還暦を迎えたとき日本のがん死亡率を振り返ってみて愕然としました。この30年間にがん死亡率は減るどころか倍増して、今や2人に1人ががんになる時代になっていたのです。
がんは生活習慣病です。生活習慣とくに食生活の改善が必要です。しかしがん治療の現場では、手術や放射線や抗がん剤の話ばかりで、栄養指導はほとんど行われていません。
そこで私は栄養外来の普及に残りの人生をかける誓いを立てたのです。

目次

ほとんど捨てられている血液検査結果

がんや心筋梗塞・脳梗塞、腎不全や肝硬変、難治性の膠原病などになった人の多くが、「なぜ自分はこの病気になったのだろう」と運命を呪います。しかしじつは日頃、病院や会社の検診、人間ドックで受けていた血液検査によって今の病気は予防できたのです。
予防できなかったのは次の理由によります。

  1. 病気の予防に必要な項目を調べていなかった。
  2. 医師が予防医学的な血液検査の読み方を知らなかった。
  3. 医師は検査や治療には興味があるが、病気の予防には興味がなかった。
  4. そのため十分な説明や生活指導が行われなかった。

血液検査結果には将来の病気を予測できる莫大な情報が含まれているにも関わらず、ほとんど活用されず捨てられているのが現状です。これを改善すれば、多くの予算をかけなくても、病気を予防することは可能なはずです。

そこで血液検査について皆さんにご説明したいと思います。

異常でないからといって正常ではない

皆さんは普段、会社の検診や人間ドックで採血をして、結果を渡されるとき「ほとんど異常は無かったよ」といわれて、安心していることでしょう。
しかし血液検査における異常とは次のように決められています。

多人数の採血結果のうち、上2.5%と下2.5%の値を異常値とします。では残りの95%は正常値かといわれるとそうではなく、「基準値」と呼ばれています。
基準値を示す人の中には喫煙者やメタボの人、偏食の女性や引きこもりの男性が含まれています。つまり基準値のうち3分の2は未病値で、10年後15年後には病気になる人達なのです。実際の理想値は中央のわずか3分の1に過ぎません。

この未病の人達をいち早く見つけて、栄養指導によって理想値に導くことが栄養外来の仕事です。

同じ血液検査でも従来の読み方と栄養学的読み方はどう違うのでしょう

血液を用いた栄養解析の仕方は、従来の血液検査とは根本的に異なります。いくつかの例をお示ししましょう。

  • BUN(尿素窒素):タンパク質の最終代謝産物です。従来この値が高いときは腎障害と判断するのですが、栄養学的にはこの値が低いとき材料となるタンパク質不足または代謝に必要なビタミンB不足と解析します。
  • クレアチニン:筋肉から腎臓へ排出される酵素です。従来高値のときは腎機能低下と判定されましたが、栄養学的には低値のとき筋肉量不足または運動不足と解析します。
  • 総コレステロール:従来高値のときはコレステロールが血管に沈着して動脈硬化を来しやすいと判定されましたが、コレステロールは細胞を修復する成分で、性ホルモンやステロイドホルモンの材料です。栄養学的には低値のときタンパク質や良質の脂質不足と判断し、がんやうつの原因とされます。
  • γGTP:胆道系の酵素で、従来高値のときは肝臓や胆道の病気と判断されましたが、栄養学的には低値のときこの酵素を作るタンパク質不足と判定されます。
  • AST、ALT(旧名GOT、GPT):肝臓の酵素で、従来高値のときは肝臓障害といわれましたが、栄養学的には低値のとき材料になるタンパク質およびビタミンB6の不足と判定します。またALTがASTより高いときは脂肪肝と判定します。
  • LDH:心臓、肝臓、血液、筋肉に含まれる酵素です。従来高値のときはこうした臓器障害と判定されましたが、栄養学的には低値のとき、ビタミンB3(ナイアシン)不足と判定します。
  • アルカリフォスファターゼ(ALP):従来高値のときは胆道系の流れが悪いと判定されましたが、栄養学的には低値のとき亜鉛・マグネシウム不足と判定します。
  • フェリチン:鉄と結合して体に鉄を蓄えてくれます。これが低値の場合鉄かタンパク質が不足していると判定します。

血液検査をもとにどうやってがんやがんの再発の予防をしますか

私のクリニックでは乳がん患者さん全員に血液検査を受けてもらっています。その結果、がん患者に特有の検査結果が明らかになりました。

  • タンパク質・ビタミンB不足:がん患者は肉や卵をさけて、玄米菜食をする傾向にあります。タンパク質不足は免疫力や体の回復力を低下させます。また糖質過多になると相対的にタンパク質不足を生じます。ご飯とおかずを同時に食べずに中華料理や旅館の和食のコースのようにご飯抜きの「おかず食い」を推奨します。
  • 好中球高値・リンパ球低値:血液中の白血球には交感神経の緊張によって高くなる好中球と、副交感神経によって高くなるリンパ球があります。感染徴候がないのに好中球高値・リンパ球低値のときはストレス過多によってがんが生じている可能性があります。
  • 亜鉛不足:亜鉛は300種類以上の酵素を活性化するのに必要なミネラルです。亜鉛の不足は細胞修復に支障をきたし、がんの術後経過を悪化させます。
  • EPA/AA比低値:オメガ6のサラダ油は体内でアラキドン酸(AA)に変化して炎症を起こしアレルギーやがん、心筋梗塞・脳梗塞の原因となります。それに対してエゴマ油に含まれるオメガ3はEPAに変換され抗炎症効果によってがんを予防します。毎日オメガ3オイルを摂ることによって、EPA/AA比を4以上に保たなければなりません。
  • ビタミンD不足:乳がん患者の98%はビタミンD不足です。ビタミンDはステロイドホルモンとして体中の細胞の核内受容体に結合して、遺伝子の生命力、抗がん作用を賦活します。ことにがん患者の生存率を下げるのはビタミンD不足です。

ビタミンDでがんやがんの再発を予防することはできますか

血中ビタミンD濃度の高さを5つのグループにわけて、死亡率を比較した、欧米の8つのコホート研究(大規模追跡調査)があります。その結果、ビタミンDの血中濃度が最も低いグループのがん死亡率は、最も高いグループの1.7倍に達していました。また、がんを含む全ての死亡率を比較にしてみても、最も低いグループは1.57倍でした。

国立がん研究センターのがん対策研究所予防対策プロジェクトでもビタミンDががん死亡率を減らすことが証明されています。「血中ビタミンD濃度とがん罹患リスクについて」をお読みください。

骨粗しょう症でビタミンDを処方されているので栄養外来を受けなくてもいいですか

  1. 保険で処方されるビタミンDの量は75μgです。1μgは40単位ですので、1日量30単位ということです。
  2. 血中ビタミンD濃度は60nmol/Lが正常で、20以下は欠乏症、40以下は不足です。
  3. 血中ビタミンD濃度が40以下の人は1日4000単位、20以下の人には1日8000単位のビタミンDの内服が必要です。
  4. すなわち保険で処方されるビタミンDでは欠乏症が改善しないことがわかります。

自分でサプリメントやマルチビタミンを飲んでいるので栄養外来を受けなくてもいいですか

  1. 厚生労働省が発表した日本人の食事摂取基準(2020年版)では、成人のビタミンD 1日摂取目安量は5μgすなわち340単位となっているため、市販のサプリメントでは欠乏症の改善にはなりません。
  2. サプリメントの中には栄養状態の改善にならないものもあります
  3. マルチビタミンの中には目に良いビタミンA、若返りのビタミンE、女性に必要な葉酸、ビタミンB12が必ずといっていいほど含まれていますが、ノルウェーで行われた大がかりな追跡調査では、これらのビタミンを飲み続けるとがん死亡率が増加することが判明しています。
  4. 栄養外来における血液検査・栄養解析なしにサプリメントを飲み続けても効果がないばかりか、有害なこともあります。

栄養外来普及のための試み

がんや心筋梗塞、脳卒中、糖尿病、高血圧は生活習慣病です。生活習慣の改善によって予防が可能です。悪くなってから薬をもらうのではなく、未病のうちに食生活を変えてゆきましょう。そのために私はいくつかの試みを行なっています。

  1. 栄養外来の開設:東京・名古屋・大阪・福岡・銀座のナグモクリニックでは栄養採血と栄養指導を行なっています。
  2. 理想的な食事ができるレストラン:ナグモクリニック東京1階の健康レストラン「サルー」では病気を予防するためのメニューをご用意しています。
  3. 管理栄養士による指導:銀座1丁目にある「栄養院ひふみ」は管理栄養士がその人にあった食事指導をしながら、家庭でも作ることのできるおばんざいを提供するお店です。
  4. 栄養指導員の養成:がんの死亡率を半減させるために私が設立した「命の食事」では定期的な講演会を開いて、家族や友人に栄養指導ができるアドバイザーを養成しています。また生活習慣の改善に必要な栄養食品やサプリメントの紹介も行なっています。
  5. SNS通じた栄養外来情報の提供:YouTube「ナグモの栄養外来チャンネル」でも生活習慣改善のための情報を視聴することができます。また毎週木曜午後7時からのclubhouse「Dr.ナグモの栄養外来」でも最新の情報を聴取できます。

著者プロフィール

南雲吉則(なぐもよしのり)

1955年生まれ。慈恵医大学卒業、乳腺専門医、医学博士。バスト専門のナグモクリニック総院長として東京・名古屋・大阪・福岡で診療を行うかたわら、若返り・ダイエットのベストセラー書籍多数。分かりやすい解説が好評で、テレビ出演や講演に多忙な毎日を送る。近年は、がん患者の命を救う食事と生活術「命の食事」を提唱。国内外の医科大学の客員教授、非常勤講師。

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